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春夏秋冬

中学校社会科教師の考えている事:
家族・子育て・仕事・学校・社会・歴史・趣味・etc・・・
〜進学塾(中学・高校受験)の講師・教室長として民間企業で10年以上勤務した後、公立中学の教諭となりました〜
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公立中学って
学校という職場は、「教務」と「生指(生徒指導)」が2本柱だが、勤務校は「同和(人権)教育」という、もう一本の柱があり、その点は進んでいるように思う。

自分は3・4年目教務部長、5年目から進路主事と教務一筋だが、管理職になっていかれる先生は、生指畑の先生が多いようだ。
そして生指には体育科の先生が多い。
というか生指に限らず、「学校の先生」となっている方々は、運動部出身の方が多い気がする。
...
運動部の方々は当然のように年齢で上下が決まるようで、年上か歳下か(先輩か後輩か)を気にされるし、言葉づかい(敬語・タメ口・君づけ)もそこ(年齢)で変えて、上下を表現される。
そこが自分の肌にはなじまない。(儒教道徳?封建制?)
年長者をたてるのは構わないが、本当にたてている訳でなく、「言葉だけ」なのだ。一方、たてられた年長者も、当然のように仕事を歳下に押しつけたりする(で、その仕事が苦手なパソコン業務だったりする)。

民間他職にいた自分としては、年上の方や、歳下でも職場における先輩は自分より仕事ができる方であって欲しいし、逆に歳下でも後から入った者でも実力さえあれば、役職がついて自分より上位にきてもなんら構わない(というか、仕事のできる人が上役でないとスムーズに仕事が進まないので、歳下だろうと後輩だろうと「できる人」が上役なのは大歓迎だ)。
機能的な組織(例えばビジネスの世界で戦う会社組織や、本当の軍隊)には、役職による上下関係が必要なのだが、公立中学という職場は建前上はみんな「教諭」で「平等」で、互いに「先生」と呼び合う美風がある。
それならそれで良いのだが、実際には上下があり、その上下が実力による上下や役職による上下でなく、単なる年齢による上下だったりするので、違和感を禁じえない。
自分の以前の職場では、歳下の上司がいたし、年上やタメの先輩達が自分の部下となったりしていた。

ただ実力というのが、教務上の実力か、生徒指導か、対保護者か、事務処理の力か、とそれぞれの得手・不得手があるので、なんとも難しいのだけれど・・・。

はぁ・・。この愚痴、別の匿名ブログでも5年前から(公立中学の先生になってから)、ずっと同じこと書いてるなぁ。すみません。
| 春秋里(haruakisato) | 仕事・教師論 | 06:22 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
修学旅行
 3年連続の修学旅行から帰ったた翌日の朝、疲れは残っているが、今年は初めて副担任として参加したので疲労度がかなり違う。担任の先生は自分の倍ほども疲れただろう(準備・要領・経験にもよるが…)。
 修学旅行で生徒の様子をみたり、旅行社の人と話していて再確認したことは、生徒は担任に似る、学年は学年主任と学年の先生に似る、ということ。子どもが親に似るのは当然だが、教師もそれなりの影響力があるのだ。自分は副担任として前に出過ぎないようにと、ガマンしていたつもりだが、生徒の自主性を伸ばすという点では、出過ぎた(指示などしゃべり過ぎ、口を出し過ぎた)ところもあり、反省している。担任って疲れるけど、その分やりがいもあり、楽しいので羨ましかった。
| 春秋里(haruakisato) | 仕事・教師論 | 11:12 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
中学を卒業していった教え子たちへ
ようやく卒業式を終え、無事クラス全員を送り出すことができた。
2年連続の中3担任は、本当にしんどく、2月以降はほぼ毎週、週末には体調を崩し、土日でなんとか立て直すの繰り返しだった。
ただ、今年の担任クラスは昨年に負けず劣らず「良いクラス」。
担任としては3年から担当する学年なので、4月は手探り状態、5月の修学旅行で一気に近づいて、6月体育大会ではほぼクラスが仕上がった。結果、秋の音楽コンクールでダブル優勝し、そのまま受験シーズンへ突入、私学・公立前期とも上々の結果がでている。後期の結果は月曜だが、みんな併願合格を取っているので、クラス全員の進路保障はできている。
卒業式当日の最後の学活も(これまでクドクドお説教を繰り返して辟易してる子も増えてきていたので)、何も言わず記念撮影大会にした。
ただ、去年の3年には伝えたのに、今年の3年に伝え忘れたことがひとつだけあって、それは「高校生になったら(休みの時だけでも)バイトしろっ!」ってこと。
学校みたいな「特殊な社会」から出て、早く社会の仕組みを知り、大人になる(近づく)ためには「働くことが一番」ってこと。
経済的にも精神的にも、いろんな意味で大人になって、結婚してちゃんと2人以上子どもを作って育てて欲しい。生まれてくる子どもは、親を選べないのだから。
少子化対策も、基本はこれに尽きる。
| 春秋里(haruakisato) | 仕事・教師論 | 02:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
模試の結果
塾講師時代も模試の結果を他教科と競うことはあったが、自社模試の場合は自分が作成担当のことも多く、客観的なデータとは言い難かった。その点、外部模試の結果は正確で、どの教科担当者が授業が上手いか(生徒に得点力をつけさせているか)がはっきりわかる。
つい最近になって、今春卒業した(自分が3年間社会科を担当した)生徒達の「五ツ木模試」のSS(偏差値)をみることができた。
11月の最も受験者の多い回で、昨年度の本校の中3生徒約180名中100名以上が受験していたが、他の4教科がSS48前後なのに対して、社会科だけがSS52を越えており、はっきりと差がでていた。
以前、この3年間の授業を「帳尻合わせ」とか「60点でギリギリ合格」とか述べたが、そこまで謙遜する必要はなかったのだ。
まぁ3年かけて作ってきた学年だったので、社会科としての責任は果たせた!と言いきっておこう。
| 春秋里(haruakisato) | 仕事・教師論 | 21:58 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
教組
組合の先生に「なぜ教組に入ってないの?」と尋ねられたが、逆に「なぜ、ちゃんと加入要請がないの?」と聞き返したかった。
新任だった3年前、校内で組合主催の歓迎昼食会が開かれたが、「新任の先生は無料」という「うさんくささ」で、「タダ飯を食べたくない」と、行かなかった。なぜ「同僚」なのに新任だけ「無料」なのか?
ま、予想どうり食事会のあと勧誘があったようだ。
一飯の恩義で人を拘束するような、 そういう勧誘をする組織には断固入らない。
「組合なら組合らしく、まともにオルグしてこい!」という感じだ。

自分は実家の前に家を建てたので、昔からの近所付き合いがあり、母の顔をたてて町内会に入っているが、本当はこうした目的や綱領もなく、地縁など「縁」で繋がるのが大嫌いだ。
町内会は、集団登校や夏まつり等、こどもが疎外されないためにやむを得ず入っているにすぎない。

こうした極めて日本的なつながりが、日本的な差別や抑圧の温床ではないのか?とさえ考えている。
町内会にしても、祭りや運動会や防犯活動など様々な活動はあれど、結局は顔役をたてて内輪で飲み食いするためにあるのだろうし、実際イベントごとに町会費は役員の飲み代に使われている。
仲間内でタダ酒を飲み食いするための費用を、さも社会貢献のように町会費として徴収しているのだ。そして町会に入らない家庭は、イベントに参加できず差別される。

組合活動は必要だと考えているし、当然規約があるのだからそれを説明して参加を求めるのが筋で、そうした活動が出来ない(ある意味前近代の)組織に、まともな闘争が出来る訳はない。情実と恩義で組織を円滑にしようとする「慣れ合い」が、他人の権利を侵害し、仕事を人に押しつける無責任や、無能な人間の出世をうむ原因となっている。

代表例は元総理の森喜朗で、新聞社の入社試験で「有能な人間をペーパーテストで落とすな」と解答して合格し、文教族として総理に登り詰め、IT(情報技術アイティー)を知らず「イットって何だ?」と訊ねるバカ殿ぶりで「加藤の乱」を起こされた。あんな程度の低い人間が、真面目な庶民や有能な人々を食い物にしてのさばり出世する。これが日本社会の活力(特に国際競争力)を奪う原因で、良い意味での「実力主義」と「能力給」がなかなか定着しない要因なのだ。

組合活動はそうしたものを否定するために戦うべきなのに、旧社会党系の組合は、自民党と同様に利権の奪い合いをしてきただけなので、今になって橋下徹に叩かれている。
| 春秋里(haruakisato) | 仕事・教師論 | 09:04 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
卒業式
ひと月ほど前、はじめて自分の担任クラスを卒業式で送り出した。

映画プラトーンで紹介した、サミュエル・バーバー作曲の「弦楽のためのアダージョ」は、彼らの証書授与の際にBGMで使われていた。

クラスの子たちは式の途中ハプニング的に「先生!ありがとうございました!」とみんなで言う計画をしていたらしいのだが、式前日までの練習で「式の厳粛さを損ねる」とクギを刺されたため、式の当日は、終了後教室にもどり、いよいよグランドの花道に出ようかという時、廊下でその言葉をくれた。

照れくさかったが、正直嬉しかった。

みんなありがとう。
そして合格・入学おめでとう。
第1志望に合格できなかった子達、ごめんなさい。

花道が終わった後の、校門付近での写真撮影では、生徒よりも保護者がたくさん話しかけてくれた。
高校進学する中3生徒の親の立場を大事に進路指導をしたので、当然かもしれない。
この辺りで、独身の教師との差が出ると思っている。
| 春秋里(haruakisato) | 仕事・教師論 | 01:32 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
役職と年齢
以前に勤務していた進学塾では、「先に入社したか、後からか」という違いで「先輩・後輩」関係ができる。その際、年齢はまったく関係なかった。
さらに言うと、お互い「〜先生」と呼び合うので、表面的には「対等」に聞こえるが、上下関係は「先輩・後輩」でも「年齢」でもなく、役職(実力)で決まった。
高校講師を経て20代後半で入社した自分にとって、大学の後輩が会社の先輩で、年下の先輩もたくさんいた。入社6年目にマネージャー(教室長)となった時、取締役でもある前教室が教室では自分の部下となり、同じ歳の先輩も部下となった。

日本のプロ野球界は、入団年次(アトサキ)も一軍/二軍(実力)も関係なく、「年齢」で先輩・後輩・同級生が決まる。
ほとんどが小学生から野球を続けている者ばかりなので、高卒だろうと大卒だろうとノンプロ(社会人)を経てからの入団であろうと関係なく、「年齢」による上下が徹底されていることはそれなりの合理性があるように思う。

現在勤務している公立中学はそのような基準があいまいだ。
採用年次による「先輩・後輩」もあり、年齢による「先輩・後輩・同級生」もある。さらに役職による上下もあり、どれを尊重(重視)するかは個々人の価値観で決まるので不統一のままである。

自分は実力主義の世界が長かったので、役職=実力による上下を重視しているが、「年齢」を重視する体育会の先生がいるかと思えば、採用年次を重視する方もいる。これも民間と公務員の違い?
| 春秋里(haruakisato) | 仕事・教師論 | 23:02 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
教務部の仕事その2
今年も時間割の季節がやってきた。
自分は教務主任から時間割作成を指示されているが、同時に若手を育てる視点から、今年は昨年やらなかったコマ盤での作業を復活させた。
通常は3日かかる作業を、最近はパソコン作業で2日、1日と短縮させてきてきていたが、コマ盤となるとやはり最低2日はかかる。
ところが、日程の関係でパソコンでの下準備と試行錯誤に2日かかり、作成期限日になってようやく教務部員がコマ盤に向かうこととなったため、半日余分な作業となり、結局力尽きてしまった。
自宅に持ち帰ってようやく完成させたが、この3日間は学校・自宅合わせて1日12時間以上もパソコンに向かっていた。
ただもう「疲れた」の一語につきる…。
ひとりでやったほうが楽で速いハズの作業がこうまで遅れたのは、自分にセンスがないのと、教育課程が変更されて各教科の時間数が増えたと同時に設定条件が厳しかったからだ。
おまけに今年は諸書帳簿を電子化するリストに「指導要録」が加わり、春休みもほとんど無かった気がする。

やっぱり季節労働者だ…。
| 春秋里(haruakisato) | 仕事・教師論 | 01:51 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
大阪の中学教師
こんなブログをみつけた。
http://hidehide333.blog.shinobi.jp/

大阪の教育の異常さを赤裸々に指摘しているベテラン教員のブログだ。
このアクセス数をみると、自分のブログなんてたいしたことないなぁと思う。
生徒や同僚の何人かに気づかれて時々読まれているのは承知だが、自分ももっと辛辣に正直に書いても良いかもしれない。

とりあえず新年度、教務部にとっては年度末と年始は繁忙期だ。
| 春秋里(haruakisato) | 仕事・教師論 | 00:47 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
大人の条件・教師の条件
自分は、高校〜予備校〜大学で、
「新聞を読まない人間は大人ではない」
「本を読まない教員は教師ではない」
と学びました。
| 春秋里(haruakisato) | 仕事・教師論 | 22:16 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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