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春夏秋冬

中学校社会科教師の考えている事:
家族・子育て・仕事・学校・社会・歴史・趣味・etc・・・
〜進学塾(中学・高校受験)の講師・教室長として民間企業で10年以上勤務した後、公立中学の教諭となりました〜
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自分を磨く、育てる。
文化発表会が終わった。
放送(音響)をチーフとして担当して2年目だが、去年からプロジェクターを使用した発表が増え、なかなかそちらまで手が回らない。
プロジェクターは他の先生に任せても、BGMはこっちにまわってくるし、今年は自分の担任クラスが音楽コンクールで優勝して、そちらも忙しく、目の回るような嬉しい悲鳴の3日間(準備・リハーサル含めて)だった。

で、発表会2日目の舞台発表。
各演目がそれぞれ時間延長し、かつ幕間(準備)が長く、予定時間を大幅に超えた長時間の発表会で、1年などは集中力・緊張感が持続できず、薄暗い体育館で午後の発表は睡魔に負ける生徒が続出した。
が、放送席の俺の目の前や、学校長の目前で寝てしまう1年女子にはあきれてしまう。自分の発表が無ければ(終われば)それでいいのか?
特に今年は充実した発表が多く、中身が濃かっただけにこのような鑑賞態度は残念だ。

で、部活終了ミーティングで中1・中2へむけた「俺の話」。

「3年生のすごくレベルの高い発表は、来年・再来年3年生になる君たちへ、『これだけのことが出来るようになりなさい』という挑戦でもある。感動的な発表が多かったのに、そこで寝てしまう1年の鑑賞態度は情けない。もっと良いものを<視る目>を、良い音を<聴く耳>を、良い話を<うけとめる心>を磨きなさい。良いものを知らないと<野蛮人>のまま、良いものを見聞きして、心を育ててこそ、初めて<人間>になり、文化が伝承される。いくら良い話でも、それを受けとめる心が無ければただの無駄話。受け取る側の姿勢次第なのだ。」
| 春秋里(haruakisato) | 生徒にした話 | 23:06 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
しかと聞け!
授業で「時事問題」とは何かを説明した。
社会科という教科は、「社会にでて世の中の仕組みや動きが解るため」にあるので、社会の動きに敏感になっておいて欲しい。
最もよい「社会」の教科書は、検定教科書などではなく、「新聞」だ。新聞を読まない人は、大人(社会人)ではない。
だから、今現在の社会(日本と世界、政治や経済)の動き・話題を質問する、それが時事問題だ。

例えば、「現在の日本の首相(内閣総理大臣)は?」と問われて、「野田」とだけ答えられてもダメ。アメリカの大統領は「バラク・オバマ」と答えることのできる君たちが(他国の元首・リーダーをファーストネームも知っているのに)、なぜ自国の代表をフルネームで答えることができないのか(漢字で書けて当然)!
外国人からみても、日本人はアメリカ国民なのか?自国のリーダーを知らないのか?と、不思議に思われる。

と、ここまで話していた時、サポートのため授業に「入り込み」していた「障害」児担当の先生が、「あんなのリーダーじゃないから」とつぶやいた…。

ちょっとまった!
確かに、現行の選挙制度には「一票の格差」など問題が山積している。また、日本の首相は国会の指名により国会議員から選ばれる(首相公選制ではない)ので、間接選挙での選出である。だからといって、民主的な手続きを踏まずに選ばれた独裁者とでもいうのだろうか?
制度の欠陥や運用はともあれ、日本は民主主義国家であり、民主的な方法で選出されているのが我らの首相である。それを頭から否定するなら、それは民主主義を否定することである。
自分の選択と結果は違っていても、そこに不正がないのであれば民主制度の結論に従う。それが民主主義であるはずなのに、自己の主張だけして総意に従わない独善(わがまま)は、まさに「日本人の法意識」そのままだ。…「日本の歴史と文化風土」を再読されたい。

これが戦後民主主義教育の結果であり、日教組が叩かれる原因である。
| 春秋里(haruakisato) | 生徒にした話 | 23:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
アリとキリギリス
晩秋になると、校外で模擬テストを受験する生徒が増えてくる。
先日、模試を前に「対策プリント」を求めて職員室へやってきた生徒がいた。

「どの教科?」 「全部!」 「先生の担当教科しか無理」
「どの単元?」 「全部!」 「そんな便利なプリントないから無理」
「じゃあ出そうなところ!」
「それは全部」と言って、持っている問題集や教科書を取りださせて、「はい、これ」

前の職場(進学塾)でも毎年受験生と交わしたおなじみの会話だ。

まさに「アリとキリギリス」の話と同じ。
普段から勉強していない者が、模試の直前に帳尻を合わそうなんてムシが良すぎる。ただそうは言わず、せっかく勉強する気を起こした機会を利用すべく、短時間でできるプリントを渡したりもするが、そういう奴に限って、「こんなんできへん」「ムズ過ぎ」「多過ぎ」などと文句を言う。
まさにキリギリスだ。

心配なのはアリの多かったはずの日本に、キリギリスが増えているように感じられる昨今の風潮だ。
| 春秋里(haruakisato) | 生徒にした話 | 22:20 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ひとつでも多く身につけなさい。
誰にでも挨拶ができる社交性
 「明るさ」
きちんと返事ができる「学びの姿勢」
 「素直さ」 
苦難に耐え、困難に打ち勝つ忍耐力
 「我慢強さ」
最後までやり遂げる、ねばり強い責任感 
 「誠実さ」
周囲に「ありがとう」を言える感謝の心
 「謙虚さ」
自分をあきらめない、仲間を大切にする
「自分に厳しく、人に優しくする気持ち」
 「優しさ」

みんなで笑顔で卒業するために、
中学生のあいだに身につけよう!
| 春秋里(haruakisato) | 生徒にした話 | 22:28 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
前向き
「過去と他人は変えられない。未来と自分は変えられる。」

「学ぶ姿勢が無い者には何も教えられない。学ぶ姿勢がある者は誰からでも学ぶことができる。」

「ウワサとは自分を守るために流される人の誤った評価」
| 春秋里(haruakisato) | 生徒にした話 | 23:39 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
夢と希望

今年も七夕の短冊づくりをさせたが、子どもじゃあるまいし、中学生が七夕ってどうかと思っている。

で、今年もしたのが「夢」と「希望」の違いの話。

夢とは「実現できないこと」であり、「実現可能なこと」は希望である。

「私の夢は小さくていいから自分のお店を持つこと」なんてセリフを聞くと、「えっ!それ夢じゃないし。充分、実現可能だし」と思う。

だからクラスの生徒には、短冊を2枚ずつ渡して、「夢」と「希望」と両方を書くように勧めている。

「野球選手になりたい」「UFOに乗って別の銀河に行きたい」ってな具合だ。

そして必ず書くやつがいる「宝くじが当たりますように」という文を例に、こんな話をする。

「宝くじが当たるように」という文章は、ジャンボ宝くじを毎回欠かさず買っているオレ(先生)にとっては、希望だが、もし買っていない人がそう書いたとしたら、それは絶対に実現しない夢にすぎない。

そう、たとえ確率は低くとも買った人には当たる可能性があるが、買っていない人に宝くじが当たる可能性はゼロだ。

同じように、実現不可能と思える夢でもちょっと行動する(ほんの一歩をふみだす)ことで、希望にかえることができる。

「野球選手になりたい」君は、そのための努力(練習)をはじめていますか?

| 春秋里(haruakisato) | 生徒にした話 | 23:07 | comments(0) | trackbacks(1) | - | - |
マラソン大会
今日のマラソン大会を振り返って、考えてもらいたいことが2つあります。

ひとつは「自分の限界まで全力をだせたかどうか」ということ。

相撲部屋の稽古では、力士達は毎日毎日限界まで、100%の力を出し切るまで稽古を続けます。そうすれば、翌日は前日の100%を超える力が出るそうです。

力を出すべき時に出さない(力を出し惜しみする)人間は、本番でも力を出し切れなくなってしまいます。

練習だからといって手を抜いていたら練習にならない(成長しない)し、試合でも勝つことはできません。

本番の今日、ちゃんと自分の限界まで力をだせたでしょうか?

もうひとつは、「ちゃんとクラスメイトや友達の応援ができたか」ということです。

先に男子のレースがあり、その次に女子のレースがあったのだから、自分が走ることに頭がいっぱいで/走り切った後で疲れ果てて、前の/次のレースを全然見てなかった人はいませんか?

今日のマラソン大会が現在のこのクラスでの最後の学校行事だったのだから、しっかり応援してもらいたかったのですが、どうだったでしょうか?
 
| 春秋里(haruakisato) | 生徒にした話 | 20:34 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
雨の日の傘
「傘をきちんと巻いて傘立てに立てる」ことはよくできるようになったし、忘れて帰る生徒も減りました。

でも君達は傘の閉じ方を知らないから、一階の廊下が濡れて滑りやすくなり、転んだ生徒もいます。

軒の下には体だけいれて、そとにつき出した傘を閉じ、閉じた傘を振って水を切る。そうしてから巻いてもって屋内へ入る。

テレビや映画の時代劇に描かれているので、よくみてご覧なさい。

昔の人は誰でもこうしたマナーができていたし、そうした立ち居振る舞いが美しかった。

茶道(ほかにもたくさんありますが)にみられるように、日本はどんな動作も美しい動きを追求し、その道(合理的で洗練された型)を究めようとする国なのです。
| 春秋里(haruakisato) | 生徒にした話 | 21:31 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
几帳面
ごく普通にきちんと掃除する友達に対して、「几帳面やな。あんた潔癖症?」 と非難めいた発言をする生徒がいた。その生徒の口癖は「まぁいいやん」「適当」。

几帳面や潔癖症は決して悪いことではない。

おまえこそ、ビッグマック頼んだお客様にチーズバーガーだしておいて、「まぁいいやん」「あんた潔癖症?」って、反論する気か?
そんなバーガーショップまず誰も行かないし、君はすぐクビになるよ。

几帳面・潔癖症が日本の技術、質の高いモノづくりを支えてきた。

いいかげんなヤツにさせる仕事はもう日本には残っていないと思う。

日本は豊かになりすぎて、「適当」でも生きていける社会になってしまった。

中国や途上国の労働者のほうが、正確な仕事をする。

日本の若者は労働市場を鎖国しているから守られているだけであって、学力も根気も技術もなく、語学(英語)力もないので、国際競争力がない。

子供を甘やかして、こんな生徒ばかりを育てていたのでは・・・。
| 春秋里(haruakisato) | 生徒にした話 | 14:10 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
腰パンはアメリカでも禁止
島国日本にいると、世界を妄想でとらえていたりする。

日本よりも「自由の国」だと思われがちなアメリカ合衆国だが、実はかなり保守的かつ(キリスト教)道徳的な国だ。

次の記事の要旨を生徒に紹介して、コピーを教室に貼りだした。

http://mainichi.jp/select/opinion/maki/news/
20100223dde012070060000c.html


バカ大学生がいる国は世界に2つ。

大学の数が多すぎ、大学(高等教育)が営利目的で行われている日本とアメリカだ。
| 春秋里(haruakisato) | 生徒にした話 | 21:02 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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