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春夏秋冬

中学校社会科教師の考えている事:
家族・子育て・仕事・学校・社会・歴史・趣味・etc・・・
〜進学塾(中学・高校受験)の講師・教室長として民間企業で10年以上勤務した後、公立中学の教諭となりました〜
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スミス都へ行く
寝つけない時など、HDに録画しておいた映画を視る。
BSでは映画がたくさん放送されているので、「これは」と思うものを撮りためてあるし、録画だと倍速で視れて時間も節約できる。倍速再生は科白が聞き取りにくいこともあるが、字幕だと問題はないし、古い作品は科白が遅いので、倍速でぴったりだったりする。
今夜視たのはタイトルだけ知っていた「スミス都へ行く」。
これが面白くて、一気に視て楽しめた。

1939年のアメリカ映画で、正義感あふれる青年が急死した議員の代役として上院議員(各州から2名ずつ)に指名され、自州の議員の不正を知り、その純粋さゆえに議会(上院)で戦う物語だ。
スミス青年は議事妨害(発言を続けることで法案審議を止める手法)で、州の経済を動かす実力者や買収された議員、マスコミによる世論操作と24時間にわたって戦い続け、ついに勝利する。

若きジェームズ・ステュアート演じるスミス議員と、彼の演説を見守る上院議長(ってことは副大統領)がイイ。

ただ、スミスの勝利は彼の頑張りに良心を動かされた不正議員の告白でもたらされ、ここにアメリカが信奉し、また我々も信じている「議会制民主主義」の限界をみることができる。
アメリカも、また日本の民主主義も代議制であるがゆえに、選挙と世論が支配し、ロビー活動や様々な不正は昔も今も、日米どちらにもあって、進歩が無いのだ。

議会制度の教材にはなる。この面白さが伝われば…だけど。
| 春秋里(haruakisato) | 公民:政治・経済 | 01:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
テーマパーク

以前にも書いたが、遊園地やテーマパークはあまり好きではないし、基本「子供が行くところ」だと考えている。
ディズニーなどに、なぜああもいい大人がこぞって行きたがるのか?理解不能だ。(幼すぎるぜ、日本人!)

で、自分の子供のために少し無理をして行くのだが、昨秋は鈴鹿サーキットへ、今夏は白浜のアドベンチャーワールドへ行った。

鈴鹿の遊園地で子供達は長〜い列に並んで、何時間も待って乗り物に乗っていたが、お父さんは観覧車からサーキットを走るポルシェ愛好会の車を見ているほうが楽しかった。ホテルは家族向けで良かった(温泉大浴場まで歩く距離が長い点は不満だが…)。でも2日間のパスポートでも、遊園地で遊べるアトラクションは一日にせいぜい3〜5個程度で、コストパフォーマンス的になんか不満だ(ともかく待ち時間が長すぎる)。

その点、アドベンチャーワールドは1日だったが、入場料だけで追加料金のかからないアトラクション(ショー)を、3〜4つ見て充分に元がとれた気がした(パンダとサファリとアニマルアクションとマリンライブ)。入場料のほかに追加がかからないという所がポイントで、お得感が味わえた。

で思い出した、授業でよくする話。

【質問その1】
やぶれないストッキングを造ろうと思えば造れるのに、お母さんのナイロンストッキングに伝線がいってしまうのはなぜでしょう?
【答】やぶれないと次の製品が買ってもらえなくなり、商品が売れないと儲からないから、わざとやぶれるように造っている。

家電製品もたいがい保証期間が終わるとすぐ壊れるのはそのせい。耐久消費財といわれる大型白物家電(冷蔵庫や洗濯機)・クーラーなども、現在の製品はほぼ10年経てば必ず壊れる。
ところが大昔、日本が高度成長をとげた昭和30〜40年代の製品は、20〜30年以上使用しても壊れないものがけっこうあった。
これは、故障せず長く使える製品こそ良い商品と、日本の各メーカーが利益よりモノづくりを重視していた古き良き時代だったからだ。実際、実家のナショナルのクーラーは30年経っても動き、充分に部屋を冷やしていた。

いつから日本人は利益優先になってしまったのだろう?その結果が現在の顧客離れである。せっかくの生涯顧客のはずが、より安い韓国・中国製品に逃げていってしまった。(高くても良い品を造り続けていれば、ここまでの日本の凋落はなかった筈だ。)

【質問その2】
スーパー戦隊は何のために戦っているのでしょうか?
正義のため?地球の平和と人類の生存を守るため?
【答】バンダイのおもちゃを売るためです。

こういう夢のない話をして、現実の社会を教えているのだが、テーマパークにあてはめると、次のようなことが言える。

テーマパークが利益を上げるには、追加料金を取るだけでなく、リピーターを増やす必要がある。そのためには、なかなか乗れないわざと待ち時間の長いアトラクションをたくさん設置し、1日2日ではすべてを回れないようにしておく。そうすれば乗れなかったアトラクションは次の機会ということで、リピーターが生まれ、再度、入場料や追加料金を払ってくれる・・・という訳だ。

そういう意味では、鈴鹿サーキットの遊園地は現代のごくまっとうな営業戦略をとっているということになる。
一方、南紀白浜アドベンチャーワールドは、約35年ぶりに行ったのだが、さすがに古い施設だけあって、古いタイプの営業戦略・・・一度で充分なサービスを提供して生涯顧客を獲得し、より長いスパンでのリピーター(例えば、親・子・孫と)を得るという・・・をとっているといえる。

どちらが良いか?
少なくとも自分が好きなのは古いタイプの後者だ。

| 春秋里(haruakisato) | 公民:政治・経済 | 22:51 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
想定外という言い訳は政治には許されない
自民党きっての論客・石破茂の名演説



もうひとつ
| 春秋里(haruakisato) | 公民:政治・経済 | 21:52 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
さらばSANYO


自分の父親は、中卒で地元・松下電工(現パナソニック電工)の夜勤工員となり、胃ガンのため40で早死にしたが、母は松下の家族的労働組合にずいぶん助けられたようだ。
自分の生家は、三洋電機の工場の隣で、子どもの頃はその中の倉庫や駐車場、社員用野球グランドなどに入り込んで、ずいぶん遊んだ。

今やその工場は無く、跡地には巨大なタワーマンションと大型商業施設・シネコンが建ち、その建設中に自分は実家の隣に現在の家を建てた。

三洋本社のロゴがパナソニックに架け替えられたこの3連休、それにあわせてか?、松下幸之助の妻・井植むめのを描いたドラマ「神様の女房」がNHKで再放送されていた。
三洋の創業家はむめのの弟筋の井植家で、松下から独立して起業された。
元のサンヨーの本社すぐ裏には井植の家もあるが、その感慨やいかに・・・。
 
| 春秋里(haruakisato) | 公民:政治・経済 | 00:54 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
民主党政権
TPP論議をみていて、この国の政権与党はなぜ「業界」という一部の国民を「保護」することに熱心なのだろうかと思う。

次の選挙での投票行動を期待してのことであろうが、そんな国民の「甘え」に応える「甘やかし」が日本国と日本人の力を奪っていく。

圧力団体(経済団体・医師会・遺族会・農協・特定郵便局長…等々)の寄せ集めであった自民党政権の再末期に小泉純一郎が郵政民営化を断行し、支持基盤の一部を自ら破壊した出来事は日本の希望のひとつであった。
しかし自民党政権に代わったのが、別の圧力団体(労組など)の寄せ集めである民主党であることが、改革を足踏みさせるような現在の事態を生んでいる。
むしろ、農村対都市部、あるいは成長産業(情報・通信・医薬等)対斜陽産業という図式で政界再々編をした方が良い。

選択と集中。もう日本にはそんなに時間も余力も残っていない。中国・韓国に抜かれた日本は、韓国に学び中国を追わなければ、すぐにインドに追いつかれる。

一部の素直で優秀な生徒はこの言葉を理解しているが、彼らを育てている親の世代や、学校の教師が「バブル世代」だったりするので、(民間や私学はそうではないであろうが、公立教師は)日本の現状を理解しておらず教えることもできない。

だいたい早く、学校の教職員全員にパソコンを配布しグループウェアでも何でもいいのでOA化しないと、電子黒板も使えない…。
電子黒板は自分の勤務校には全校でわずか1台、隣町に住む我が家の息子の小学校には全教室にすでに設置されている。この差が将来とんでもない差となってくる。
知らないって、恐ろしい。
| 春秋里(haruakisato) | 公民:政治・経済 | 23:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
菅内閣不信任案(ウチのこども自慢)
タイムリーな話題として「バクマン」や「もしドラ」をネタに3年生に進路を語った翌日、菅内閣不信任案が提出された。
これも良い機会なので、不信任案や可決後の手続きなど、まだ授業で説明していない公民(政治分野)の解説をひとしきりした後、今回の不信任案について語る。

被災者がどうみているか、国民がどう思っているか、復興と原発事故の終息という課題に対して日本の三流政治屋どもの答がこれか!などと…。

日本は震災で国民の冷静さ・忍耐力など一流ぶりを世界に示したが、同時に政治の三流ぶりも世界に発信し続けている。普通、戦争や大災害の際には、挙国一致の大連立で、ことにあたるのが諸外国。日本は、いつもどうりの足の引っ張り合い…。
(それにしても、菅は上手く鳩山を手玉に乗りきって、小沢や野党より一枚上手である所をみせた。)

経済は一流だが、政治は三流、そして国民も(先ほど語ったような)一流とは、残念ながら言えない。
なぜなら、そんな三流政治家を選んでいるのは、我々日本国民なのだから。

これが民主主義の究極のテーマ「国民は自身のレベル以上の政治を持ちえない」なのだ。

「選択肢がない」という者にはこう答えよう。

「ならば、あなたが政治家になれば良いのだ」と。そして選挙とはベストな選択など不可能であり、ベターな、あるいはよりBADでない「マシな、少なくとも最悪でない」選択をすることなのだ、と。

小3のわが家の長男がニュースを見ながら、「メドがついたら辞める言うてるし、そんなに辞めさしたいなら、早くメドがつくように手伝ってやったらエエのにな」とおっしゃった。

子供のこの卓見に、谷垣・山口はどう応えるのだろうか。
| 春秋里(haruakisato) | 公民:政治・経済 | 02:35 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
震災報道
もう二週間以上経つというのに、震災の名称は定まらない。
802など民放各社は翌日から「東日本大震災」を使っているが、NHKは「東北・関東大震災」だ。

震災報道でまず自分の目に留まったのは、次の記事たち。

http://www.asahi.com/special/10005/TKY201103150451.html


 毎日新聞 2011年3月13日 1時56分
 地震多発国で東日本大震災への関心が高い中国では12日、非常事態にもかかわらず日本人は「冷静で礼儀正しい」と絶賛する声がインターネットの書き込みなどに相次いでいる。
 短文投稿サイト「ツイッター」の中国版「微博」では、ビルの中で足止めされた通勤客が階段で、通行の妨げにならないよう両脇に座り、中央に通路を確保している写真が11日夜、投稿された。「(こうしたマナーの良さは)教育の結果。(日中の順位が逆転した)国内総生産(GDP)の規模だけで得られるものではない」との説明が付いた。
 この「つぶやき」は7万回以上も転載。「中国は50年後でも実現できない」「とても感動的」「われわれも学ぶべきだ」との反響の声があふれた。
 湖南省から東京に留学し、日本語学習中に地震に遭った中国紙、瀟湘晨報の中国人記者は、日本語教師が学生を避難誘導、「教師は最後に電源を切って退避した」と落ち着いた対応を称賛。ネット上に掲載された記事には「日本人のマナーは世界一」「人類で最高の先進性が日本にある」などの書き込みが相次いだ。
 「日本の学校は避難所だが、中国の学校は地獄だ」といった中国政府や中国人の対応を批判する書き込みも。2008年5月の四川大地震では、耐震性の低い校舎が多数倒壊、5000人を超える子どもが死亡。生徒を置き去りにし、真っ先に逃げた教師が批判された。
 東日本大震災を1面で報じた12日付の中国紙、環球時報も「日本人の冷静さに世界が感心」との見出しで、東京の街頭で避難する日本人のマナーの良さを紹介した。(北京・共同)


http://mainichi.jp/select/weathernews/20110311/news/
20110317k0000e040036000c.html



| 春秋里(haruakisato) | 公民:政治・経済 | 22:32 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
死刑廃止論
自分は「条件つき」死刑廃止論者だ。
日本の死刑制度は「絞首刑」で、間違いなく憲法で禁止している「残虐な刑罰」にあたる。
その残虐さは、「執行される側」だけでなく、「執行する側」にとっても残虐に過ぎる。

すぐにでもアメリカのような薬物による安楽な執行方法に転換すべきだし、先進国で死刑を廃止していないのは、日本とアメリカだけで、死刑は将来廃止すべきだろう。

「冤罪の可能性」ということでなく、死刑という「安易な死」を与えることよりも、終身刑によって生涯自由を奪い、苦役と反省の日々を罪人に強いる方が、より人間的かつ過酷な刑罰だと思うからである。

しかし、死刑廃止論に対しては必ず、被害者・遺族感情が反論にあげられる。それはもっともな指摘であり、その点について自分は「条件」をつけたい。

つまり、日本においては死刑の方法を変更すべきだが、それに加えて執行者を変更すべきだと。

犯罪加害者の死刑執行を、被害者・遺族が求める場合、「その被害者・遺族が自らの手で執行する場合に限り死刑を認める」ということだ。

山口県光市の母子殺害事件で遺族は、「もし司法が犯人の少年(犯行当時)を死刑にしないなら、自ら手を下す」とまで述べている。であるならば、遺族自身に死刑を執行してもらえば良い。そうした場合に限って、死刑制度を残し、そのほかは終身刑にすべきだ。
これが自分の意見である。

日本は犯罪者の人権を守りすぎ、被害者に冷たすぎることは事実であり、自分が死刑に反対なのは決して人権派?弁護士のような理想論からではない。

次の動画は、自分のお気に入りなのだから。



みれなくなったので、こちらで。
http://kotatuneco.blog59.fc2.com/blog-entry-1687.html

 
| 春秋里(haruakisato) | 公民:政治・経済 | 21:06 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
年越し
大学生・大学院生の頃、ほぼ毎年、釜ヶ崎の越冬闘争に参加していた。年越しは、バイト先の宿直室か、「釜」という感じ。

釜ヶ崎とは、大阪市西成区にある日雇い労働者の街で、ドヤと呼ばれる簡易宿泊施設が並ぶ、東京の山谷のようなところだ。
山谷は、「あしたのジョー」で描かれている「泪橋」の近くだが、釜は山谷の数倍規模で大きく、日本最大のドヤ街である(行政は「あいりん地区」と呼ぶ)。

そこで行われる「越冬闘争」とは、年末・年始、日雇いの仕事がなくなるためにあふれかえる、野宿労働者を生きて年越しさせるために、日雇い労働組合やキリスト教会、宗教者、地域や学生支援者が協力して毎年実施している、ボランティア活動だ。
と、言ってもボランティアなんて言葉が日本で使われるはるか昔、「年越し派遣村」ができる20年以上前から行われていた活動だ

先日、今も活動中の本田神父の記事を読んだ。

http://mainichi.jp/kansai/culture/news
/20101227ddn010070032000c.html


その聖書解釈はごく古典的で、「もっとも古い原典にあたる」という歴史学の原則からすれば当然のものだが、キリスト教の世界では特別な意味を持つ。
山上の垂訓は「貧しき者は幸いである…」からはじまるのが本当で、「『心』貧しき者…」と「心」をつけ加えたのは、教会が支配者側に立ってからのことである

http://www.asahi.com/kansai/kokoro
/kataruhito/OSK200804040072.html


彼や「ふるさとの家」の活動は何度も取り上げられるが、「釜日労」の活動は、めったに取り上げられない。宗教者は尊敬を集めるが、労働者自身に目が向くことはあまりないのが現実で、こういった記事そのものが偽善くさい。
自分は仏教系の大学に通っていたが、自分と一緒に学生支援で活動していた友人の中で僧籍をもつ者はたった一人だった。このあたりが「葬式仏教」と呼ばれ、宗教者たりえていない仏教者の問題だろう…。
| 春秋里(haruakisato) | 公民:政治・経済 | 10:03 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
経済敗戦
ユニクロの柳井社長兼会長が日本は経済敗戦したと述べている。

http://mainichi.jp/select/opinion/approach/news
/20100719ddm004070002000c.html


同感だ。

そして敗戦の主因は、先の大戦と同じく官僚である、と思う。

自分たちは優秀で(確かに優秀なのだが…)間違わないという官僚達が無能な政治家を(いや政治家だけでなく大衆も)コントロールし(政治家が官僚をコントロールできず)、日本を再び敗戦にいたらしめた。

官僚の優秀さは、自らの損得計算がきちんとできることに発揮され、何かやれば批判にさらされる(例えば旧文科省の寺脇研など)組織・立場の中で、優秀な彼等は組織内の論理で自己の利益を最大化するために無作為を決め込む。結果、誰もが「何とかしよう」と思いつつも、「何とかしよう」とはせず、「何とかしようとした」フリだけして、お茶を濁す。そうした計算高さが、組織として発揮され体系化され、誰も責任をおわない(無責任の体系)。これが旧陸軍を中心に日本の官僚機構の中に根づいており、それは軍がなくなった今も脈々と温存されている。

これに異議を申し立て、警告を発し続けているのは、マスコミの中でもNHKだけである。「ドキュメント太平洋戦争」での主たる論調や、「電子立国」での啓蒙やら。80〜90年代のバブルの頃に、こうした警鐘を鳴らしていたNHKに驚き、感動すると同時に、自分がこうした作品を最近特に懐かしく感じる理由もそこ(今こそ、この警鐘に日本人が、日本社会が耳を傾けなければと思うこと)にある。

公共放送を担いながら、公務員ではなく、民間企業との競争の中にいるNHKの中の有為な人々が、しっかり日本社会を批判的に見続けている。しかし、本当に優秀な彼らの警告は無視され続け、現在がある。大河で再び「竜馬」をとりあげなければならない(そこまで解りやすい警鐘を鳴らさないと解らない)ほど、日本人は鈍感でバカになってしまったのだ。


バブルの後処理をした宮沢内閣を見よ。東大卒の「優秀」なエリート官僚出身の総理が、役所の論理でモノを考え、官僚機構の上に乗っかることしかできず、結局ドラスティックな改革や方策を何も行えなかった。
賛否はあるが、官僚に取り込まれない変人・小泉純一郎のようなリーダーシップは民間にはいても、「公」には稀なのだ。
 
| 春秋里(haruakisato) | 公民:政治・経済 | 09:36 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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